パウロ・フレイレの教育理論について考える

教育
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パウロ・フレイレはブラジルの教育学者で、ブラジル国内での識字教育に大きく貢献しました。また、彼の活動が世界的にも批判教育学や民主的な教育の発展に寄与したことで有名です。

最も有名な彼の教育思想はその著書、『Pedagogia Do Oprimido』(英題:Pedagogy of the Oppressed, 邦題:被抑圧者の教育学)でみることができます。

この記事では、フレイレ本人に関する情報や彼の教育理論について私の視点や分析を含めながら整理していきます。

パウロ・フレイレという人物

パウロ・フレイレ(Paulo Freire, 1921–1997)は、ブラジル北東部のペルナンブコ州レシフェに生まれました。元は中産階級の家庭の出身でしたが、1929年の世界恐慌の影響を受けて一家は貧困に陥ります。

この経験がフレイレに貧しい人々の生活を内側から知る機会を与えました。のちに彼は「私は飢えを知っている。それが私の思想の根底にある」と述べています(里見, 2010)。

レシフェ大学で法律を学んだフレイレは、卒業後に貧困層の識字教育をはじめます。

1960年代に入ると、彼の識字プログラムは北東部農村部を中心に急速に広まりました。

1963年には、わずか45日間で300人以上の農村労働者が読み書きを習得したという記録が残っており、この成功を見た当時のブラジル政府もフレイレの実践を国家規模で展開しようとしていました(Freire, 1970)。

しかし、1964年の軍事クーデターによってフレイレは逮捕・拘禁され、その後チリ・アメリカ・スイスへと亡命を余儀なくされました。

フレイレがブラジルに戻れたのは、1980年の民政移管後のことです。帰国後はサンパウロ市の教育局長を務め、公教育の改革に取り組みました。

フレイレとリテラシー:「世界を読む」とはどういうことか

フレイレの「識字化(リテラシー)」についての考え方や実践は、谷川(2003)が被抑圧者の解放のためのリテラシーに着目して整理しています。

フレイレは、文字を読むことによって人は(その文字の意味する)世界を読むことになり、この世界の現実を知ることにつながると言います(谷川, 2003)。これは一見シンプルな主張ですが、非常に重要な転換を含んでいます。

従来の識字教育では、「アルファベットを読む・書く」といった技術の習得が目的でした。

しかしフレイレにとっては、文字を学ぶことは世界と接続する行為そのものでした。彼の実践では、「チジェラ(Tijela, 茶碗)」「ヴォト(Voto, 投票)」といった地域住民にとって意味深い生成語(palavras geradoras)を使って授業が行われました。

この生成語は単なる語彙教材ではなく、学習者が自分の生活状況を語り、現実を分析するための出発点として機能しました(Freire, 1970)。

生成語を用いたアプローチは初見だとあまりピンとこなそうですね。

このアプローチは、生成語に選ばれた単語について考える過程で社会的な話題への関心を持つようになり、それが批判性を生むという狙いを持っています。

例えば、「茶碗」を生成語として話し合うことができます。

この場合、「茶碗とはそもそも何か」ということから始めて、その茶碗を「誰が作るのか」「誰が使うのか」といったことまで発展させられます。そしてやがて「その差異はなぜ生まれるのか」という問いへと発展させると、学習者たちは自分の社会的状況を批判的に認識できるようになると言います。

このように、世界と接続し、世界を知ることをしないと、そもそも批判的な意識を持つようにはなれないというわけです。

意識化(Conscientização)

フレイレ思想の中核概念として、意識化(conscientização)というものがあります。

意識化とは、自分が置かれている社会的・歴史的状況を批判的に認識するプロセスのことです(Freire, 1970)。

単に「社会問題を知る」ということではなく、自分自身がその状況の中でどのような位置にいるのかを自覚し、変革の主体として立ち上がる契機となる意識の変容を指しています。

フレイレは、貧困や抑圧の中に生きる人々が「これが普通だ」「自分たちにはどうにもならない」と感じてしまう状態を「没入」と呼びました。

識字教育や対話を通じて、この没入状態から抜け出すことが意識化であり、彼の実践の最終的な目標はここにありました。

言い換えると、フレイレにとって「教育」は社会変革のための道具だったわけです。これが彼の理論が純粋な教育論にとどまらず、政治哲学としても広く参照されてきた理由だと言えます。

フレイレの問題意識

フレイレの問題意識は、人間関係の中で発生する「抑圧 –– 被抑圧」の状態にありました。

彼はこの状態が人間性を損ない、被抑圧者の可能性を狭めてしまうと考えたのです。

このような状態にあるとき、教育というのは知識を伝達する行為にとどまるのではなく、被抑圧者が世界を理解し、どのように世界と接続するのかを形づくる手段になると彼は言います。

教育というものがそのような現象を可能にするという考え方は、フレイレの教育観からも確認できます。

銀行型教育批判

フレイレの思想の中でも有名なものが「銀行型教育批判」です。

フレイレは伝統的な教育方法において発生している問題を整理し、これを銀行の比喩を用いて批判しました。

この比喩では、お金を持っている預金者である教師が、空の金庫である生徒に一方的に知識を預けるというのです。確かに、この考え方は伝統的な教育をよく表現できています。この教育スタイルだと、教師は「持つ者」、生徒は「持たざる者」という形式が固定化されてしまいますね。

このような形式に陥ってしまうと、教師と生徒との関係が、前述した「抑圧 –– 被抑圧」の関係になってしまいます。

余談①:コメニウスの「印刷術のアナロジー」との比較

フレイレのいう銀行型教育の枠組みとなる考え方は、『大教授学』を著したコメニウスにおいても似たようなモデルとして提唱されていました。どちらも異なった文脈で唱えられたものですが、教育観に注目してみると類似点と差異が見えてきます。生徒に知識を教え込むようなスタイルに関して、印刷機の普及から着想を得たコメニウスは次のように述べています。

印刷術には、一定の材料と工程が伴う。材料とは、紙、活字、インク、そして印刷機のことである。工程とは、紙の準備、活字の組み上げとインクの塗布、校正刷りの修正、そして刷り本の印刷と乾燥のことである。これらはすべて一定の明確な規則に従って行われねばならず、その規則を守ることによって、はじめて良好な成果が得られるのである。

教刷術(この用語をそのまま用いるとして)においても、同様の要素が見出される。紙に相当するのは生徒であり、その精神に知識の記号を刻み込まなければならない。活字に相当するのは教科書をはじめ、教授の営みを円滑にするために考案された諸々の道具である。インクに相当するのは教師の声である。というのも、書物に記された情報を聴く者の精神へと届けるのは、まさにこの声にほかならないからである。そして印刷機に相当するのは学校の規律であり、それが生徒たちを学業に向かわせ、学ぶことを促すのである。

引用元の英文

The art of printing involves certain materials and processes. The materials consist of the paper, the type, the ink, and the press. The processes consist of the preparation of the paper, the setting up and inking of the type, the correction of the proof, and the impression and drying of the copies. All this must be carried out in accordance with certain definite rules, the observance of which will ensure a successful result.

In didachography (to retain this term) the same elements are present. Instead of paper, we have pupils whose minds have to be impressed with the symbols of knowledge. Instead of type, we have the class-books and the rest of the apparatus devised to facilitate the operation of teaching. The ink is replaced by the voice of the master, since this it is that conveys information from the books to the minds of the listener; while the press is school-discipline, which keeps the pupils up to their work and compels them to learn.

Comenius(1896, p. 395)
日本語訳は私のものを生成AI(Claude Opus 4.6)で整えています。

コメニウスのこの「教刷術(didachography)」に関する比喩は、「印刷術のアナロジー」と呼ばれる大変有名な考え方です。

ここから読み取れるのは、コメニウスは確かに生徒に知識を教え込むような教育について述べているものの、フレイレとは異なる立場でこれを提唱しているということです。コメニウスはこの考え方で、教育を標準化し、大規模に普及させることを目的としていたので、あくまでもその手法として「教え込むこと」に関して述べています。つまり、それがうまくいけば教育を一般化させたいコメニウスからすればとてもいいことだと言えます。

コメニウスは知識を教え込むことのできる状況をポジティブに解釈している一方で、フレイレはこのようなモデルを銀行型であるとして批判し、これだと教育者と被教育者の間に立場の格差が発生し、結果として被教育者である生徒は批判的な意識を育むことができないと考えたのです。

フレイレはこの伝統的な教育に対して、被抑圧者を解放するための教育法を提唱します。

課題提起教育

前述の銀行型教育に対する代案として、フレイレは課題提起教育(education as the practice of freedom)を提示しています。

課題提起教育では、教師と生徒は**「批判的共同探究者」**となります。その関係では単なる情報の伝達ではなく、共同的な現実認識が行われることが理想とされています。

このとき不可欠なのが「対話(diálogo)」の概念です(Freire, 1970)。

フレイレのいう対話は、単なる「話し合い」ではありません。お互いの世界を語り合い、その語りの中で現実を共に認識するプロセスです。

対話が成立するには、愛(love)、謙虚さ(humility)、信頼(faith in humankind)、希望(hope)、そして批判的思考(critical thinking)が前提として必要だとフレイレは述べています。

大変抽象的な話ですが、重要なのは一方的な伝達ではなく対話であり、生徒と教師との対話の中でものがどうなっているか、世界がどうなっているかを理解することがこの教育の指針です。

銀行型教育と課題提起教育のいくつかの要素を対比させると、表1のようになります。

銀行型教育課題提起教育
教師が生徒に教える
(主体一客体関係)
教師と生徒は共同探究者
(相互主体的関係)
情報の伝達認識の行為
学習者の意識を埋没させる学習者自身の意識の出現と現実への批判的介在
生徒の日常生活とは無縁の題材生徒の置かれている状況を認識対象とする
表1
表は谷川(2003)のものを引用しています

表にも示されているように、従来の銀行型教育だと教科書的なものに準拠した結果として生徒の日常生活とは何の関係のない例文を目にすることになったりするので、学習内容が全然ピンと来なかったりします。

ピンと来ないだけと思いがちですが、この状況はフレイレ的には非常事態なのです。

それはつまり、賢い人たち(教養人・富裕層・政治家)が作ったものをそのまま受け取らざるをえない状況下で、自分が何をしているのかあまり理解できていないということです。これはもはや抑圧そのものですよね。

フレイレとしては、生徒がどのような状況に置かれているかを教師も知っていて、そこから一緒に探究しあえるような関係を教育の理想としたのでしょう。

余談②:現代日本の教育志向

この考え方は日本の現在の教育にも見られるもので、現行学習指導要領には「カリキュラム・マネジメントを行うよう努めるものとする」と書かれています。

カリキュラム・マネジメントについては文部科学省が色々と説明資料を公開していますが、現行の学習指導要領に関する情報がまとめられているページにある「カリキュラム・マネジメントについて」を見れば文科省の意図も見えてくると思います。

ここでは「児童や学校,地域の実態を適切に把握」する必要があるとまず書かれていて、そこから出発した教育計画を組織的に行うことについて書かれています。

この「児童や学校,地域の実態を適切に把握」というのは、フレイレが問題に思っていた銀行型教育の課題である生徒の日常生活とは無縁の題材を提示することを避けるための前提になっていると思います。

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そもそもカリキュラム・マネジメントは組織としての動き方、学校としての教育課程編成などに関するものです。

私がカリキュラム・マネジメントに関する説明の書き方やその構造にフレイレの哲学に繋がりそうなものを見出しているだけで、フレイレ思想との直接的な関係性は明示されていないので、誤解のないようお願いします。

フレイレの実践自体は文字の読めない大人への識字や、貧困層へのアプローチなどが含まれていたことや、そもそも文化が大きく異なる国のことであることからあまり直接的に日本の教育現場に活かせられるかはわかりません。

それでも、フレイレの問題意識や試みは確かに理にかなっていますし、教育者として持っておいた方が良い考え方だと思います。

フレイレ理論に関する批判やフレイレ研究を実践との接続などはたくさんありますが、ここでは特別取り上げて言及することはしません。

フレイレについて気になった方はまず参考文献から目を通してみて、そこから更なる学習を試みてはいかがでしょうか。

フレイレ思想への批判

フレイレの思想に対してはさまざまな角度からの批判があります。

代表的なものとして、「対話偏重への批判」があります。

現実の教育現場では、カリキュラムの制約や大人数のクラス運営において、フレイレの理想とする対話的実践は容易ではないという指摘です。

また、フレイレ自身の思想に含まれる男性中心的な視点についても、フェミニスト教育学の立場からの批判があります(Weiler, 1991)。

さらに、ブラジルの農村貧困という特定の文脈で生まれた理論を、先進国の学校教育に直接適用しようとする際の文脈の乖離も指摘されています。

フレイレ自身も、自分の理論は「再発明(reinvention)」されるべきであり、固定した処方箋として受け取られるべきではないと述べていた(Freire, 1985)ので、関連諸分野や周縁の学問領域からの引用と指摘があることを想定していたのでしょう。

完璧な理論ではないことはみなさんもお分かりだと思いますが、フレイレの実践・理論やそれに先立つ哲学に触れることは教育に関わる上では非常に意義のあることでしょう。

更なる学習のために

フレイレ理論に関する批判やフレイレ研究と実践との接続についての文献はたくさんありますが、ここではそこまで踏み込みません。

気になった方はまず参考文献から目を通してみて、そこから更なる学習を試みることをオススメします。

参考文献一覧

Comenius, J. A. (1896). The Great Didactic of John Amos Comenius (M. W. Keatinge, Trans.). A. & C. Black. https://en.wikisource.org/wiki/The_Great_Didactic_of_John_Amos_Comenius/The_Great_Didactic (Original work published 1657)

Freire, P. (1970). Pedagogia do oprimido. Paz E Terra.

Freire, P. (1985). The politics of education: Culture, power, and liberation. Bergin & Garvey.

Weiler, K. (1991). Freire and a feminist pedagogy of difference. Harvard Educational Review61(4), 449–474.

有満, 麻美子.(2010). パウロ・フレイレの教育思想. The Bulletin of St. Margaret’s, 42(0), 1–19. https://doi.org/10.20707/stmlib.42.0_1_2

里見実. (2010). パウロ・フレイレ:「被抑圧者の教育学」を読む. 太郎次郎社エディタス.

谷川とみ子. (2003). P. フレイレの「リテラシー」論における知識内容の構造 : 「意識化」と「対話」の統一に向けて. 教育方法の探究, 6, 35–43. 京都大学学術情報リポジトリKURENAI. http://hdl.handle.net/2433/190279

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